TOP > 山村 真一氏インタビュー
消費者ニーズや流通の多様化など、ものづくりを取り巻く環境は近年大きく変化しています。SDGsで低炭素社会の構築やジェンダー平等など17の目標が示され、社会の多様化が進む今。長年プロダクトデザイナーとして企業を支援してきた山村真一さんは「企業は柔軟な思考を持ち、ひと昔前とは違う考え方でものづくりをしていかなければなりません」と言います。
このような難しい時代に北海道企業がものをつくり、売っていくためには、どのような取り組みが必要なのか伺いました。
これからの時代に必要なものづくりの心構えとは
社会が大きく変化している今、ものづくりにはどのような視点が必要でしょうか。
たまたま時流に合った商品がヒットすることはありますが、偶然性に頼るのではなく、もっと計画的に仕掛けていかなければならない時代が来ています。そのために重要なのは、「デザイン」の意味を正しく捉えてものづくりに取り組むことです。近年、「デザイン思考」という言葉をよく耳にします。日本では「色や形を美しくデザインすること」と誤解している方もいますが、本来「デザイン」は、戦略や戦術という意味です。最初から商品にデザインを施すということではなく、物事を全体的に考え、あらゆる角度からものの在り方や送り出し方などを探りながら販売していくことを意味します。つまり、多様な視点でものを見て戦略を立てよう、という動きです。
今は、安く大量にものを作って並べれば売れるという時代ではありません。インターネットを介してユーザーと接する機会も多いですから、売り方も多様化していかないとならないわけです。セレクトショップで服を買ったら、ついでに同じ店で調度品や食品を買う人がいますね。テレビドラマで見たものが欲しいと思えば、それを買うこともできます。それだけ販売チャネルは多様化しています。社会のあらゆる人が自分のお客様だという視点を持ち、どこで何を売るか柔軟に対応することが求められます。
そうした視点を持ち、成果を出している企業の事例を教えてください。
私がアドバイザーを務める地域に、新潟県の燕三条があります。ここには、東京ではなく、最初からフランスでお箸を売ったり、夫婦二人の会社ながらドイツで和包丁を売っている企業があります。包丁は3年待ちの人気です。注文がきても生産規模が小さいため待ってもらうしかないのですが、それだけニーズがあるということなんです。また、先代の社長が私の友人であるアウトドアメーカーのスノーピークも新潟県にあります。ここは国内で商売を始めましたが、現在はアメリカやヨーロッパがメイン市場。次はアジアを見据えています。巨大なマーケットはアメリカやイギリス、フランスなどにあり、いくつもの日本企業が支店を出しています。
コロナ禍では家に篭るから鍋が売れるというけれども、世界はその状況とは関係なく、よりおいしく作れる日本の鉄製の鍋が良いと思って選ぶわけです。きちんと片付けたいからスタッキングできる道具を選ぶなど、自分にとって価値あるものを選びたいという流れが進んでいます。企業の規模に関係なく、マーケットの多様化に対応していくことの大切さを学んでほしいと思っています。
今こそマーケットインの考え方を
具体的には、北海道企業は何からどう取り組めば良いのでしょうか。
まずは「マーケットイン」の考え方で商品開発を進めることです。設備や技術が先にあり、工場の生産体制を整えてからものを作って売る「プロダクトアウト」よりも、消費者が欲しいもの、市場から求められているものは何か——つまりマーケットを知ることが先決。現実にどういった生活のトレンドがあるか、ライフスタイルを調べることが重要です。
リサーチの方法は、世界的には「エスノグラフィー」と呼ばれる市場調査が主流です。新製品を持って消費地に出向き、現地の人たちから意見を聞きながら問題点を見つけ、一緒にものを作っていく手法です。しかし日本企業ではほとんどやっていません。企業の考えや都合優先で、一方的に規格を決めてすごいものを作ろうとするわけです。今はそれが裏目に出て、新製品を作ろうにも身動きが取れないという状況も生まれています。
2つ目は、こうした新しい社会に対応する姿勢を持つこと。多様性を受け入れて柔軟に動く心の豊かさが大切になります。
3つ目は、先ほどもお話ししたデザイン思考を持つことです。「デザイン」はキレイな形や美しい色を指すのではなく、戦略や企画という意味です。意匠や商標などの知的財産を守りながら、外の世界に出て売れる仕組みを作ることも含めて「デザイン」なのです。この点を理解しておかなければなりません。
多様化したマーケットを体験的に理解し、どうアプローチするかが
大切なのですね。
ものづくりのポテンシャルは高いのに、活かし切れていないのが北海道の現状です。たらこはあるのにそれを辛子明太子にして売るといった、多様化のための思考が足りていません。自分たちの素材に自信を持ち、もっと今の消費スタイルを知れば、活かし方が見えてくると思います。また、今は1人〜2人の世帯が増えていて、東京などの都市部は顕著です。例えば北海道産の農産物は新鮮でおいしいし、たっぷり入って安いのですが、1人住まいにじゃがいも20kgは多いし、たらこやいくらの1kgパックはなかなか食べ切れません。そこを解決するのが少量多品種生産。量よりも良質なものを必要な分だけ買いたい人が多いので、多少割高でも売れます。ライフスタイルの変化を読み取り、商機をつかむのです。
伝統の九谷焼を、異素材と組み合わせて新たな価値を生み出した。
飾るだけの九谷から使えて飾る九谷へ。
シュピーゲラウとコラボレーションしたグラスはバッキンガム晩餐会ご用達に
道内だけでなく、
大きな市場で勝負することも大切
多くの企業を支援する中で気付いた、北海道特有の課題はありますか?
北海道企業の一番の課題はマーケットの創出です。実際、道内で売ろうと考えている企業が非常に多いと感じます。特に北海道産の農産物は全国で大人気のブランドなのに、これをうまく活かして成功しているのは道外企業ばかりです。地元の方は自分たちがブランドの宝庫にいることに気付かず、北海道の外で売る動きが少ない。マーケティングができていないんですね。非常にもったいないことです。
必要なのは、作ってからどう売るかを考えるのではなく、最初からマーケットを考慮したものづくりをすること。ここから始めれば後から大きなずれが生じることはなく、途中で修正することも可能です。優れた商品でも、道内だと市場はどうしても限られます。道外で売るためには、海外の展示会に出したり海外でデビューするのも方法の一つ。海外で人気を集めると、それがブランドとしての価値になるからです。例えばフランスで鰹節を削る人が増えたり、健康を気遣う人の間で寿司が食べられるようになり、それがきっかけで国内でも良さが見直されるなど、前例はたくさんあります。
ポイントは、マーケットの必要性や、今後起こりうるマーケットの変化の兆しを感じ取ること。市場は常に変化しています。少し前まで「誰が買うのか」と言われたものでも、発売すると飛ぶように売れることは珍しくありません。世の中の流れを見ていると、この先どういうものが受け入れられるか気付けるようになるでしょう。先を予測してものづくりをすれば、たとえ商品開発に1年や2年かかっても大丈夫。SDGsの目標を俯瞰して、将来社会に必要なものを予測してみるのも良いと思います。
流通も重要です。今はインターネットでの情報流通システムが発達していますから、利用しない手はありません。ECサイトを利用するのも良いですが、特に自社サイトでの情報発信を積極的に行っていきましょう。
従来の伝統工芸、
有松鳴海絞り
伝統工芸にデザインを加え、ランプシェードとしてインテリアブランドに生まれ変わった有松鳴海絞り。
欧州で販路を拡大した。
「できること」にとらわれず、多様な視点を持つ
新たな発想で商品開発するには、
固定観念の壁を越える必要がありそうです。
長年ものづくりに携わっていると「自分ができる範囲で考える」という思考になりがちです。しかし、それでは従来のものづくりから脱却できません。殻を破るための思考法はいくつかありますが、最も大切なのは、時間とともにマーケットは変わるのだと頭に叩き込むことです。
専門家思考から脱却することも必要です。一つの分野の仕事だけをしていると視野が狭くなり、これからのニーズを満たすものづくりが難しくなるからです。自動車を例にとりましょう。EV化が進み、今後、自動車は「電化製品」になっていきます。しかし、電化製品だけを作ってきた人は車のことをがわかりませんし、逆も然りです。商品にジャンルの垣根がなくなってきている今、特定の分野に精通しているだけではやっていけなくなる時代がきています。多様な視点を持って取り組むことが血肉となり、いずれ自分に還ってくるはずです。
北海道は環境や資源に恵まれた、ものづくりに最適な地域です。「自信を持って取り組む」「積極的に情報発信する」「商品をマーケットに送り出すシステムまで考えて商品開発する」という点に注力してください。一度、道外に出て勝負すれば、失敗と成功、どちらを経験しても多くの学びが得られ、次はもっと高いレベルで勝負できるはず。恐れず一歩前へ踏み出すことを願っています。
(一財)さっぽろ産業振興財団では、一歩を踏み出す新たなものづくりを支援しています。
「プロダクトデザイナー派遣事業」は、具体的な商品のアウトプット(色や形も含む)を想定し、専門家がそれを示しながら経営戦略のアドバイスを行う事業です。
詳しくは、右記リンクをご覧ください。